イリヤの空 UFOの夏(1)〜(4) 秋山瑞人
「中学か高校の時に読んでおきたかった」と思えたので、いいライトノベルなんだと思う。
- 構成的なこと
念入りに念入りに、基礎地盤をしっかりと着実に作って、高くそびえさせた塔を一撃の下に叩き伏せたような、見事なまでの「上げてから落とす」小説。「世界中の子どもたちに愛と勇気をね!与えてあげる前提で、まず怖がらせるだけ怖がらせてあげちゃうよーん!」という富士鷹ジュビロ先生の名言が思い出された。
全4巻のうち2.5巻分を使って、主人公とヒロインを幸せにしまくって、それからどん底に。最初からこの展開にするつもりだったことは明白なので(1巻から既に、作者の『ぶち殺すぞ』オーラは蔓延していた)、読む側としてはそれなりに覚悟していたのだが、作者の、なんか鉄っぽい意志には感服することしきりだった。
- セカイ系のこと
基本的にセカイ系。紛う事なきセカイ系らしい。「あー。こういうのがセカイ系なのかー」と目隠しで触って知識を得る気分。ワールド・イズ・マインのことをセカイ系だと思っていたのだが、かなり間違っていたようだ。
なんでも「自分<−>社会<−>世界」の社会が抜けて「自分<−>世界」となった作品群のことらしいが、どうなのか。イリヤの空は、それほど社会の描き方がないがしろにされているとは思えなかった(創作の社会を説得力付きで描くのがSFだと思うし)が、主人公視点では間違いなくイリヤしか見てなかったな。
メインの登場人物がごくごく狭い観点でしか動こうとしないとセカイ系になるのかも。セカチューもセカイ系ってことか。
だとしたら、セカイ系の楽しみ方は以下の二通りになるのではないだろうか。
- 登場人物たちのズレを積極的に受け入れ、感情移入しながら楽しむ
- 登場人物たちのズレを、上から目線でニヤニヤと楽しむ
今回イリヤの空を読むにあたって、後者の読み方を採用したが、主人公・浅羽の周りの見えて無さ加減は読んでいてとても楽しかった。特に4巻の、イリヤとの逃避行のあたり。虎の子の12万円をなるべく温存しながら移動しなければと思いつつ、うっかり『四種類から選べるナン&カレーセット』を食べてしまって「オレは本物のバカなのではないだろうか」と一人苦悩するところとか。「イリヤをオレが守らねば!」と思いつつその12万円はイリヤの金なんだよねとセルフツッコミでへこむところとか。自分が幼いゆえの無力さをもどかしく思いつつも、肝心なところでやはり自覚がない辺りが、描写としてかなり洗練されていたように思う。
やっぱり中学か高校のときに読んどきたかったなあ。1番の読み方で浅羽にシンクロしたかった。で、20歳越えてから2番の読み方で、三倍ニンガリと楽しめたろうに。
- お気に入りのシーン(ネタバレ含む)
- 二巻、「正しい原チャリの盗み方」の、散髪シーン。
- 二巻、「十八時四十七分三十二秒」のラスト。
- 三巻、「無銭飲食列伝」での、イリヤと晶穂が語り合うシーン。全部ラストシーンじゃないか。
- 振り返って、1〜3巻の途中までは本当にほのぼのと、楽しいスクールライフ小説なので困る。この後の怒涛の鬱展開のために3冊分もの良い話を書いたわけだから、秋山瑞人は怖い人だ。
- 三巻、「水前寺応答せよ・前編」の、サブヒロイン晶穂の、唐突かつ淡々とした退場。
- 日常がどんどん変わっていく描写として、このシーンで一番肝が冷えた。「ああ、もう戻れない。この先は恐らく延々と鬱」と、読者に覚悟を決めさせるターニングポイント。
- 四巻、「夏休み再び・前編」の、小学校での歴史の授業。
- 四巻、エピローグ。
- 浅羽が自分の夏を終わらせるシーンは、ライトノベル屈指の爽やかさだと思う。
- 結末について(ネタバレ有り)
なんだかんだでハッピーエンドで良かった良かった。最後の椎名真由美からの手紙は、「えげつないなあ」と思いつつも、「この物語はセカイ系だったからこそ救われたんだ」という確信を得た。
上から目線でいろいろ思ったわけだが、読み終わったあと夢にイリヤが出てきて朝起きたら「イリヤーーーーーッ!!」となって半日ほどテンション下がりっぱなしで仕事に支障をきたしたので、「自分のエロゲ脳も捨てたもんじゃないな。て言うか捨てて無かったのか」とニンガリした。
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